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ブルックスの知能ロボット論 [本]

MITコンピュータ科学・人口知能研究所所長のロドニー・ブルックス著の知能ロボット論。教授は、彼の考案したSA(Subsumption Architecture:包摂アーキテクチャ)を駆使して、ゲンギス・ロボット(昆虫によく似た動きをするロボット)を作って、一躍世界のAIロボット研究のTOPに躍り出た。現在世界最高峰のMITのコンピュータ科学・人口知能研究所(SCAIL)で総勢825名のTOPであるとともに、彼の院生とともに起こした会社iRobot社の会長兼役員でもある。

SA理論とは、簡単に言ってしまえば、知性とは最初に知性がありそれにもとずいて行動するのではなく、最初に行動があって、その行動と外界との関わりから知性が見出されていくとする考え方。基本になる行動群を作り出す層があって、それが階層的に何層かの複雑な行動を発生する層に包摂される。

教授の研究スタイルは、皆が信じている中心的な仮説のうち、まず自分が否定すべきものを見つけるというやり方で、モノを作る立場から、徹底的に前提を疑ってみるというやり方だ。そんな分けもあってか、彼のSA理論は当時のAIの主要な基本理論を否定したため、その権威と言われる人たちから散々な酷評をあびることとなり、今にいたるまでそれは続いているようである。こういった現場主義的な考えの中から、モノを良く見て凄い物を作るという意味では、本当は日本のロボット研究者の中からゲンギスが生まれていてもおかしくないのだが、やはりそこに足りないものは大前提となる設計哲学なのだろう。そういう意味でも彼は典型的なワスプだ。(ちなみに氏は、オーストラリアの出身である。)

なお、この本の中でも出てきますが、ソニーのエンタテイメント・ロボット「アイボ」は教授のSA理論を使って昆虫を犬に置き換えたものです。日本の技術評論家の中には、日本の技術者はあっと言う間に氏のSA理論を吸収してその先にまで行ってしまったという人もいるようです。

本書の中には、ゲンギス以外にも、感情をもったロボットとして、ヒューマノイド・ロボットCogやキズメット・ロボットなども紹介されている。(実際に教授のiRobot社はアングル社との共同開発で、子供向けの感情を持った玩具ロボットMy Real Babyなども作っている。その他、家庭掃除ロボットルーンバなども商品化している。)ホンダのアシモが人間型のロボットで人の歩行を上手にやってのけるのに対して、これらのロボットは人の上半身だけを持ったようなロボットで人とのコミュニケーションを通して感情を表現する。特にこれらのロボットは、視覚系に多くの工夫が凝らされていてロボットの上丘(superior colliculus)に合わせて人間の目のサッケード(sacade)の動きもする。過去40年間にわたるコンピュータによる視覚処理の総括とともに、それらの処理の得意/苦手などについてもまとめられているので、視覚系に興味のある方は御一読をお勧めします。

ブルックス教授は、人間は特別な存在ではないとして、人間は一種の機械だとする立場を明確にしている。本書の中で、科学が人間が特別な存在ではないことを証明してきた歴史を紹介して、それは私達が特別だという心の深いところからの欲望にすぎないとしている。その反対論者として、ロジャー・ペンローズ、デイビッド・チャルマーズ、ジョン・サールなどを挙げて彼らの批判を展開しているので、興味のある方は御一読願いたい。(逆にペンローズなどは、今の人口知能研究は、知的で意識のある機械は作りえないとしている。)

しかしブルックス教授によると、今の人工知能研究が思うように進まない(特に視覚系などでの物体の認識など)理由は、私達が考えている生物学のモデル自体に欠陥があって、正しく理解するためには「新物質」の導入をしなければならないとしている。(ただし、氏の言っている新物質とはペンローズなどが言っているそれとは違っていて(注1)、本文中では彼はそれを「生命のジュース」という呼び方をしていて、生命現象を正しく記述できるある種の数学的な表現)多分ここでブレークしないといけないものは、工学ではくて科学の範疇に入るものなのだろう。今茂木さんたちがやっている「心脳問題」に直結する難問で、まず科学的に解明され理解されて、それを数学的な手続きに焼直せた段階ではじめてプログラミングやハードウエアに落とせることになるのだろう。

本書は、ブルックス教授がAIの専門家の方以外にも分かるように平易な文章で書かれてあるので、御興味のある方は是非一読をお勧めします。最先端のAIロボットの世界が一望できます。

(注1)ペンローズは、意識は計算不可能な現象で、ニューロンの骨格にあたるマイクロチューブル内で起こる波束の収縮(OR=Objective Reduction)であるとする仮説。

 

  02635570.jpg 訳者 : 五味隆志、発行元 : オーム社

5198R4J0Q4L__SL160_AA115_.jpg前書の「Cambrian Intelligence」の和訳はまだ出版されていないようです。

 

byチイ


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茂木さんの本 [本]

この2月に茂木さんの本を4冊ほどいっきに読んだ。茂木さんの書かれた「脳科学」に関する書籍は以前から何冊か読んでいたが、ここのところの脳ブームにあやかって今回まとめて読んでみた。文庫本の「思考の補助線」や「意識とはなにか<私>を生成する脳」、「「脳」整理法」の3冊は専門書というよりは、脳科学に関する茂木さん自身の私的な私小説風啓蒙書という感じの本で、平易な読みやすい文章で書かれてあるので、サラリーマンの方などにも行き帰りの電車の中などで気軽に読める内容になっています。もう一冊の「クオリア入門~心が脳を感じるとき~」はもう少し専門的な内容となっているので、最新の脳科学の入門書としてお勧めの本です。茂木さんはかなりの数の書籍を色々な分野で書かれているのですが、御紹介した4冊を含め、これらの本の中で一貫してよく出てくるキーワードについて書き出してみました。

・クオリア(qualia)
・偶有性(contingency)
・セレンディピティ(serendipity)
・アフォーダンス(affordance)
・コンピテンス(competence)
・ディタッチメント(detachment)
・エラン・ヴィタール
・メタ認知
・心脳問題
・強化学習
・「世界知」と「生活知」
・「総合的知性」と「専門的知性」
・etc

「偶有性」と「セレンディピティ」は、最新の脳科学や認知科学で今一番注目されてきている概念なので、これから生きていく上で知っておいて損はない概念です。特に創作的な仕事をされる方、たとえば作曲家の方などにはこれから是非知っておいていただきたい概念ではあります。「ディタッチメント」は茂木さん自身、イギリスのケンブリッジに留学されていた経験もお持ちで、本場の科学の雰囲気について書かれてある内容には感動しました。科学とは、つまるところ、「自分というものにとらわれずに世界を見るためのアート。」なのだそうです。御紹介した本とは別に、「芸術脳」という本の中で、茂木さんとユーミン(松任谷由実)の対談があるのですが、その中でユーミンが作曲するという行為を、「どこにでもあるようでいて、誰かが発明するまではどこにもない。一度発明されると、以前からずっとそこにあったような気がするもの。」と言っています。(すいません、立ち読みしました。)このお正月にブログに載せたビートルズの「ゲット・バック」もその名のとおり「オールド・ロック」風の曲ですが、この手の曲はそれまでにありそうで、どこにもなかった。だから最初に皆が聴いた時、こういったオールド・ロックの表現もまだあったのかと驚いた分けです。音楽の中にも、「無から有を生ずる」ごとく作曲されたと感じられるような曲もありますが、ユーミンの言っていることは、まさに「偶有性」や「セレンディピティ」のことを言っているのだなと理解しました。

本書からは、物質である脳から意識がいかに生まれるか?という「心脳問題」に挑戦している筆者の四苦八苦状態の苦しい胸のうちも見てとれるような気がする。「知能」や「創造性」といったようなものも多分、「意識」の特別な形態の一部なのだろう。道具としての新しい数理の切り口も必要になってくるだろう。今後の更なる進展を期待したいところである。

by チイ
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生物と無生物のあいだ [本]

最近読んだ書籍の中では、この本は最高に面白く、現代人の必読書であると思う。実際に40万部を突破して売れているようで、生物系の自然科学の啓蒙書としては、多くの読者の共感を得ているようである。今は「脳」ブームであると言われる。私自身、ここ数年、脳科学に関する書籍をかなりたくさん読むようになった。もちろん「脳」そのものの働きに興味があるのはもちろんだが、私の場合はAI(人口知能)に関連して、コンピュータに知能を持たせるための基礎知識やヒントを得るために読んでいる。コンピュータに知能を持たせるためのAI研究のアプローチの仕方には色々あって、できたらその内にこのブログでも御紹介したいと思っています。

生命とは何か?その答えのひとつは、「生命とは自己複製を行うシステム」である。DNAの発見は分子生物学的な生命観を確立した。生命を分子機械と見る立場である。この答えが全てならば、生命も機械である訳だから、同じようにコンピュータを使って人を模した機械を作ることは原理的には可能になる。この本には、ワトソンとクリックがDNAの発見に至るまでの道筋を、アンサング・ヒーロー達の話も交えて紹介している。オズワルド・エイブリー、ロザリンド・フランクリンの話には涙した。おりしもこのブログでたまたまジェームス・ワトソンのことを取り上げたばかりだったので、この本を読んでワトソンのことが少し嫌いになってしまった。

生命とは何か?そのもうひとつの答えは、「生命とは、動的平衡にある流れ」である。この考えは、元々ルドルフ・シェーンハイマーという人が、身体に入った重窒素のトレース実験から、「生命とは静的なパーツから成る分子機械ではなく、パーツ自体のダイナミックな流れの中に成り立っているもの」であるとする考えである。ここで言う「動的平衡」とは、「絶え間なく壊される秩序」のことを言っていて、秩序は守られるために、絶え間なく壊されなければならない。これは物理学者シュレディンガーが「生命とは何か」の中で問うた、「生命はなぜエントロピー増大の法則に抗い動的な秩序を維持できるのか?」に対する答えでもある。

細胞生物学とは、タンパク質の織り成す、相補性のトポロジーの科学である。DNAの2重螺旋は、C2空間群である。数学のトポロジーや群論が、実際の生命科学の中で使われているのである。トポロジーは「ポアンカレ予想」に代表される宇宙の構造にも関係しているし、群論は結晶構造の解析に幅広く使われている。ペレリマンが使ったリッチ・フローやリサ・ランドールの余剰次元では数学のリーマン幾何やリッチ・テンソルなどが使われている。これからの時代はエンジニアも歪曲した時空の幾何は自由に扱えた方がいいかもしれない。今は全ての分野が密接に関係していって、クロスオーバーされた時代なのである。数理科学者のロジャー・ペンローズが今のAIの研究者達は、もっと物理学を勉強しなければ駄目だというようなことを言っていた。もし、将来コンピュータが知能を持つに至るとすれば、それは多分生物学、物理学に精通したコンピュータ・エンジニアによって達成されるであろう。

 福岡伸一著/講談社現代新書

 by チイ


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Web2.0関連書籍の御紹介(2) [本]

時の経つのは早いもので、相聞花伝ブログを開設してからもう1年が過ぎようとしている。丁度1年前にWeb2.0関連書籍の御紹介ということで、梅田望夫氏の「ウェブ進化論」などを御紹介したが、この11月にその完結篇ともいうべき第2弾の「ウェブ時代をゆく」が出版されたので、区切りとしてこの1年間にさらに読んだWeb2.0関連書籍についてまとめてみた。

・ウェブ時代をゆく(梅田望夫著 : 筑摩書房)  今回は、前回の「ウェブ進化論」で話題となった、「学習の高速道路」の渋滞の先にある「高く険しい道」や「けものみち」の歩き方について実際に述べられている。今はまだリアルの経済という観点からは取るに足りないネットだが、これからネットがひき起こす「知と情報のゲーム」がリアルの「経済のゲーム」に及ぼす影響などが語られている。

http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20071105

・フューチャリスト宣言(梅田望夫/茂木健一郎著 : 筑摩書房)  ウェブの未来の可能性についてフューチャリストのお二人である梅田望夫氏と茂木健一郎氏の対談集。理屈抜きで楽しんで読める本です。

Web2.0的成功学(近勝彦著 : MYCOM新書)  /

・リンク格差社会(江下雅之著 : MYCOM新書)  この2冊は、ウェブの進化の仕組みを「ネットワークの繋がり」という観点から解説している。今、複雑性の科学やコンピュータサイエンスで最もホットな話題である「ネットワーク理論」を使って、ネット上で起きているさまざまな現象について解説してくれている。・・・(★ご参考)

・オープンソースソフトウエアの本当の使い方(濱田賢一郎/鈴木友峰著 : 技術評論社)  代表的なOSSにはどんなものがあるかざっと説明してくれて、各種OSSの性能評価まで解説してくれている。これからOSSを導入してみようと考えている人にとっては参考になります。


(★ご参考)ネットワーク科学関連書籍としては、以下のようなものがあります。

「複雑ネットワーク」とは何か(増田直樹/今野紀雄著 : BLUE BACKS)  とりあえず、手っ取り早く「複雑ネットワーク」全般について知りたい人にはお勧めの本です。数学の「グラフ理論」を知らない方でも気軽に読めます。

スモールワールド・ネットワーク(ダンカン・ワッツ著/辻竜平訳 : 阪急コミュニケーションズ)  スモールワールド・ネットワークの発見者でもある、ダンカン・ワッツ氏による解説書。スモールワールド・ネットワークについてはその発見者でもある人が書いているだけに説得力がある。同じデータを解析したにもかかわらず、スケールフリー・ネットワークではバラバシ達に先を越されたいきさつなども書かれてあって、実際の研究者の世界のかけひきなどがなまなましく書かれてあって読みごたえのある本。(全400ページほど。)

複雑な世界、単純な法則(マーク・ブキャナン著/坂本芳久訳 : 草思社)  サイエンスライターのマーク・ブキャナン氏によるネットワーク科学の最前線の解説書。こちらもスモールワールド・ネットワークからはじまって、色々なネットワークの形態について解説してくれている。ベーコン数やエルデシュ数に始まり、脳のニューロンの繋がりなどについても解説してくれている。こちらも350ページほど。

by チイ


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プライドと情熱~ライス国務長官物語~ [本]

最近読んだ本の中から、
コンディ」こと、コンドリーザ・ライス国務長官物語です。
初めてホワイトハウスを訪れた10歳のコンドリーザ・ライスは父に告げた。「いつかここに住むわ」
人種差別の激しかった南部に生まれ、常に白人の子供よりも優秀であることを目指したライス。
差別に屈せず、誇りを持って生きるように育てられた少女は、やがて大学、政界に活躍の場を得る。

私がライス長官に興味を持つようになったのは、彼女が19歳で大学を飛び級で優等で卒業したとか、
38歳で最年少、女性初、白人以外初のスタンフォード大学副学長に昇進したとか、
第2期ブッシュ政権下で、アフリカ系アメリカ人女性初の国務長官に就任したなどのそのすばらしいキャリアもさることながら、彼女が17歳までコンサートピアニストを目指して音楽を専攻していたということを知ったからです。
御存知のように彼女はデンバー大学の2年目にマデレーン・オルブライトの父、ジョセフ・コーベルの「国際政治学入門」という授業を聞いて「パワーポリティクス」の世界に転向することになるのですが、この本ではじめて知ったのですが、最初の人生の目標であったコンサートピアニストになるという夢には挫折しているのです。ただ彼女が他の人と大きく違っていたのは、自分のことを「かなりのレベルまでは行ったが、際立っていたわけではなかった」と認め、すぐに新たに進むべき道を見つけたことです。これができたのも、御両親の教育者としての、スポーツ、音楽、勉学、信仰といった偏らない教育方針によるところが大きいと思われますが、それらを人の3倍優秀に行えたのはやはり彼女の才能と努力の賜物でしょう。南部の黒人家庭としては父親が牧師で、母親が音楽家という比較的恵まれた家庭環境で育ったということも大きいですが、何よりも御両親の教育者としての素晴らしさあっての彼女でしょう。
彼女の多才ぶりは、大学での「国際政治学者」の顔、ワシントンでの国家安全保障問題担当大統領補佐官、国務長官としての「政治家」の顔、民間シンクタンクの「研究員」としての顔、一流企業の「役員」としての顔、恵まれないマイノリティに対する「ボランティア」としての顔、芸術家、スポーツウーマンとしての顔、などなど、ちょっと日本では考えられないようなアメリカならではの多様性のなせる業だと思いました。
ライス長官は、学者になってからも音楽は時間の許す限りつづけられて、スタンフォード副学長時代は、ミュア弦楽四重奏団とブラームスの室内楽に取り組み、ブッシュ政権下では大統領の夜会でチェロのヨーヨー・マとの共演をはたすなど活躍されています。
本書は、ピアニストの方には是非読んでいただきたい一冊です。

アントニア・フェリックス著/渡邊玲子訳

 

     ヨーヨー・マとの共演

            

 by チイ


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「リサ・ランドール著、ワープする宇宙~5次元時空の謎を解く~」読後後記 [本]

リサ・ランドール著の「ワープする宇宙」を約1ヶ月ほどかけて読み終えました。(と言っても、読んだのはほとんど週末ですが。)全600ページにもわたる分厚い内容で、読み応えがありました。到底全内容を理解しているとは思えませんが、最初はとにかく全部最後まで読みきることを目標にしました。ここで簡単にこの本の構成について御紹介しておくと、最初は次元の話から始まって、相対論、量子力学、素粒子物理、ひも理論と展開していって、最後の150ページほどに博士のした仕事の余剰次元の話が書かれています。(彼女の仕事も、当然ながら先人達の偉大な業績の上にあるということです。)なので、ひととおり読めば博士のした仕事とともに、最新の現代物理学を一望できるような構成になっています。特にランドール博士は元々が素粒子物理のモデル構築が専門ということもあってか、中でも素粒子物理の章が一番ページをさいて丁寧に書かれているので、素粒子物理を勉強したい方などはこの章だけ読まれてもいいと思います。逆にひも理論の方は、かなり短めにまとめて書かれてあるので、もっと詳しく知りたい方は、ブライアン・グリーン著の「エレガントな宇宙などを読まれることをお勧めします。本題の余剰次元の章は第17章、第20章、第22章あたりにランド-ル博士の理論が述べられていて、ここで簡単にそれを御紹介してみたいと思います。

第17章のテーマは「隔離」で、粒子を異なる「ブレーン」に隔離することで、粒子間の直接の相互作用を起きなくすることができるというものです。このアイデアで「超対称性」の破れの原因となる粒子を、標準モデルの粒子から隔離することで、「フレーバーを変える相互作用」が起きないで超対称性を破ることができるようになります。

第20章はこの本の最大のクライマックスでもある「ワープした余剰次元」の話です。本の題名にも使われている「ワープ」という言葉は、5次元時空の幾何が、5次元方向に向かって歪曲(ワープ)している様子を表しています。

一般相対論の幾何のメトリック ds^2 = dx^2 + dy^2 + dz^2 - c^2・dt^2

歪曲した幾何のメトリック ds^2 = e^-k|r|(dx^2 + dy^2 + dz^2 - c^2・dt^2) + dr^2

ここで、rは5番目の次元、cは光速、kはワープ係数

このモデルでは、「重力ブレーン」と「ウィークブレーン」の2つのブレーンが有限の大きさ(プランクスケール長さよりほんのすこし大きい程度)をもつ5番目の次元の境界をなしています。このとき、時空はブレーン上のエネルギーと「バルク」内のエネルギーにより歪められている。この時空の歪みが「グラビトン」の確率関数を表していて、これにより素粒子物理の「階層性問題」が解決されます。

第22章は第20章の内容を拡張したもので、第20章では5次元方向の長さは「有限」でしたが、第22章のモデルでは、5次元方向の長さは「無限」です。この場合、重力はブレーン近くに「局所集中」している。この考えをさらに発展させた「局所的に局所集中した重力」という考え方もあります。(私たちは5次元空間のなかの4次元重力のくぼみに住んでいるという考え方。)

ランドール博士の理論は、ひも理論などと違って来年から稼動が予定されているスイスCERNの大型ハドロン加速器(LHC)の1Tevくらいのウィークスケールエネルギーで検証可能ということで、その実験結果が待たれています。どういった結果が出てくるのか分かりませんが、たとえ理論どおりにはならなくても、何がしかの進展は期待されると思います。

この本を読んでいて一番感じた事は、科学の分野で画期的な仕事がしたければ、自分の研究派閥に固執しないで、「できるだけ幅広い知のネットワークの交流をはかる」ということです。先にも書いたとおりランドール博士は元々ハーバードの素粒子物理の陣営の人で、西海岸のプリンストンなどのひも理論の人たちとは最初は敵対関係とまではいかなくてもほとんど交流がなかったそうです。それがこの余剰次元のテーマをつうじて、両陣営の交流が盛んに行われるようになり、今では余剰次元は、素粒子物理、ひも理論、宇宙物理の共通のテーマにもなっているようです。そういう意味でも博士のはたした役割は大きかったように思います。

いずれにしても次元の話は想像力をかきたてられます。余剰次元の話はこの「ワープした余剰次元」の他にも、昔からひも理論で言われている「プランク長さに巻き上げられた次元」や大きさが1mm程度もある「大きな余剰次元」の話など色々と紹介されています。最後に「双対性」の話やプランクスケール長さでは次元の意味そのものがあいまいになるという話でしめくくられていますが、さすがにこのへんまでくるともう頭爆発です。

 

by チイ


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ワープする宇宙~5次元時空の謎を解く~ [本]

この6月に、以前に(お正月のBS番組から:2007-01-13)このブログでも御紹介した理論物理学者、リサ・ランドールの書いた話題の著書Warped Passages(ワープする宇宙)の邦訳が出ました。(この本は、昨年の全米の自然科学部門でベストセラーになっています。)

一般向けに数式はいっさい使わないで書かれていますが、英米の大学では最前線の物理のテキストとしても使われているそうです。私は丸善で購入して、これから読んでみますが、また感想など書きたいと思っています。女性らしい語り口で、読みやすい物語風の箇所とかもあって、かつ最前線のエッセンスが理解できるようになっているので、一般の方でも興味のある方は是非読んでみてください。

by チイ

  ワープする宇宙 : リサ・ランドール著/向山信治監修/塩原通緒訳

               出版社 : 日本放送出版協会

               ISBN:978-4-14-081239-6

<07/07/17日追記事>

リサ・ランドール博士が来日されるそうです。07月28日(土)に東京大学の小柴ホールで来日記念講演が行われるそうです。講演の2部では、ソニーコンピューターサイエンス研究所の茂木健一郎氏との対談も行われるそうです。お申し込みは、下記URLから。(22日(日)締め切りだそうなので、聴講されたい方はお早めにどうぞ。)

http://www.s.u-tokyo.ac.jp/jimu/pages/0624/index.html

 

 <07/07/29日追記事>

リサ・ランドール博士の講演会の様子などが、下記の茂木さんのブログに掲載されています。07/29記事「ボクがもし地球だったら」の後半の方です。

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2007/07/post_0634.html

<07/08/07日追記事>

上記講演会を含めた今回の来日の様子が、8月25日(土) 22:10~23:00にBS1で放映されるそうです。(BS特集 未来への提言 特別編  大宇宙の根源を語りたい  ~物理学者リサ・ランドールと若者たち~ )

http://www.nhk.or.jp/bs/teigen/

 


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Web2.0関連書籍のご紹介 [本]

最近、書店にWeb2.0関連書籍がたくさん出版されていますが、この9、10月でかなり読みあさりましたので、ご紹介しておきます。

(1)ウェブ進化論(梅田望夫著 : ちくま新書)

(2)グーグル Google 既存のビジネスを破壊する(佐々木俊尚著 : 文春新書)

(3)Web2.0のビジネスルール(小川浩、後藤康成著 : MYCOM新書)

(4)オープンソースがなぜビジネスになるのか(井田昌之、後藤美希著 : MYCOM新書)

(5)超図解 日本語版Web2.0最前線(加藤智明、永島穂波著 : エクスメディア)

(6)1時間でわかる 図解Web2.0(内山幸樹著 : 秀和システム)

(1)は今ベストセラーにもなっているようで、一般の方にも幅広く読まれているようです。エンジニアの人は(1)と(2)は必読ですね。今、新宿紀伊国屋の洋書ソフトウエアコーナーに行ってみれば分かりますが、1年前くらいまではVC++などのマイクロソフト関連の書籍が中心でしたが、今はそれがすみにおいやられて、代わりにグーグル関連の書籍が山積みされています。ソフトウエアの世界でOS(基本ソフト)を握るものは絶対だと思っていましたが、今その神話がグーグルの台頭によって壊れようとしています。ソフトウエアの世界でもNETの進化にあわせて今、パラダイムシフトが起きようとしています。東京都知事の石原新太郎が何かで言っていましたが、アングロサクソンのこうした自らドラスティックに環境を変化させていくことで進歩していくやり方って、すごいですよね。日本はいつものように、またそれにうまく追従していくだけになってしまうわけですが。

 

written by チイ


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