動的平衡(Dynamic Equilibrium) [本]
2月に近くの本屋で、福岡伸一著の「動的平衡~生命はなぜそこにやどるのか~」を見つけてすぐに買ってしまった。このブログでも以前に御紹介した、「生物と無生物のあいだ」(2007-12-22)の続編で、「動的平衡」ということに焦点をあてて書かれてある。私はこの人の書く文章というか、ものの考え方が好きである。氏の著作を読むと、「生命」ということについての認識、理解がまさに「目から鱗」状態になってしまう。
「生物と無生物のあいだ」は、昨年の東大、京大生が読んだ本のベストセラー1、2位になっている。ちなみにもう一冊は、外山滋比古著の「思考の整理学」が選ばれていた。頭の良い人達が読んでいるからどうこう言うわけではないが、できれば御一読をお勧めします。
「生物と無生物のあいだ」の中で氏が問うた、「生命とは何か?」の答えのひとつが、「生命とは自己複製を行うシステム」である。この発見は、従来の科学の王道ともいうべき、デカルト主義的な「要素還元法」や「記号論理」の考え方に非常に良くマッチしていたため、これにより20世紀の分子生物学は飛躍的な進歩を遂げることになる。現在注目されている、ES細胞やiPS細胞などの研究もこの路線の延長線上にあるといってもいい。
一方で福岡氏が強くおしている、もうひとつの答えが、「生命とは、動的平衡にある流れ」である。こちらの方は残念ながら、科学でまだ完全に扱える段階にまでは至っていない。それを支配している原理は、熱力学の第2法則「エントロピー増大の法則」ではあるが、そこに働いているものは、非線形、非平衡開放系、散逸力学系などの21世紀の新しい科学として期待される複雑性の科学である。前のものが「命をもたないもの」を扱うのに対して、こちらは「生きているもの」を扱う科学である。
福岡氏は言う、
「生命とは、分子の流れの淀みである」と。
「そして、ここにはもうひとつの重要な啓示がある。それは可変的であり、サスティナブル(永続的)を特徴とする生命というシステムは、その物質的構造基盤、つまり構成分子そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす「効果」であるということだ。生命現象とは「構造」ではなく「効果」なのである。」
AI(人工知能)の研究者の中には、「強いAI論者」と言われる人達がいる。コンピュータに知能のような人間の特徴を持たせるのに、上記記述の前半の「記号論理」を突き詰めていけば、それが実現可能になると信じている人たちである。実際に、「アセンブラー」や「コンパイラー」などのコンピュータ・サイエンスの基礎を勉強した人なら「記号論理」の威力や美しさなどで、一瞬それが可能であるような錯覚に陥る。しかし、現状それがうまくいっていないことを考えると、多分そこには何か重大な見落としがあるに違いない。福岡氏が言うところの「動的平衡」に相当するものをAIの論理のもう一方の柱としてうまく組み込む必要があるのだろう。ニコラス・G・カー著の「クラウド化する世界」の最後の方にグーグルの創業者のプリンとペイジがグーグルの将来について話すたびに、「グーグルは人工知能になる」と言い張ると語っている。さすがに、彼らは正しい方向を見ている。今アメリカはビッグ3が全滅して、自動車産業が駄目になりかけているが、近い将来、グーグルのインターネット技術、MITのロボット工学、複雑性の科学の3つがシンクロしてAIの新しい産業がブレークするかもしれない。私自身はITの次は必然的にAI産業にシフトしていくと考えている。
著書の中で、氏は自然や生命は非線形な現象であると言っている。そうすると、その生命活動が作り出す経済活動も本来は非線形な現象であるはずだ。最近、この世界金融危機や今後のことも考えて経済学関連の書籍を何冊か読んでみた。現在の経済学では、バブルを扱える経済学というものはないそうである。全ての経済学が右肩上がりの線形な経済成長というものを前提に作られており、バブルはそこで扱う想定外のものとして登場する。生命現象という観点からすると、本来右肩上がりの線形な経済成長というのが異常なものであって、その結果として非線形なバブルが時々顔を出す。ほとんどの人がバブルは悪いものだと思っているが、バブルが生命現象にそぐわない直線性を循環性に置き換えているともいえる。将来、複雑性の科学が完成したおりには、バブルをメインで扱える非線形の経済学というものが登場しているのだろう。日本が世界に先駆けてこの新しい経済学の構築に着手できたらと思う。
世界が、現在の世界金融危機のトンネルを抜けた時、そこには金融危機前の世界とは大きく違った世界の風景が広がっているはずだ。日本は、連続的にゆっくりと変わろうとする。しかし、世界は不連続に変わる時は一気に変わる。
福岡伸一著 : 木楽舎
by チイ
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