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チューリングとフラワーズとユダヤ人 [コンピューター]

 今年絶対に観ようと思って、楽しみにしている映画がある。日本でもこの3月から公開になる「アラン・チューリング」の人生を描いた、「イミテーション・ゲーム」だ。今年は終戦70年目の年になるらしいが、その年にこの映画が公開になるのも何かの巡り合わせのようなものを感じる。私は、今日本が一番やるべきことは、自主憲法の制定でもなければ、集団的自衛権の改訂でもないし、ましてやモノバカの時代に戻ることでもないと思う。それは前からも書いているように、「山本五十六の残した宿題」を民族の課題としてやることだと思っているのだが、有識者の中でそのことを指摘する人はほとんどいない。

 昔、日本の産業界が絶好調だった時代に、ある経済人が「アメリカの民事産業は軍事にスポイルされる」という趣旨のことを言ったが、私はどちらかと言うとこれとは逆の考えだ。多くの場合、軍事は民生に先行すると思う。第2次世界大戦は、最先端の分野での戦いは既に「モノ」ではなくて「情報」の分野での戦いに移っていた。今の世界の産業界を見渡してみれば、民生分野は間違いなく、「空母」の時代に入ったと思う。今から70年前に軍事で起こったことが、70年の歳月を経て、同じように民生の分野でもそれが起きているのだ。

 チューリングは戦時中のブレッチリー・パーク(暗号解読工場)で、まず最初にドイツのエニグマ暗号を解読するためのリレー式のマシンである「ボンブ」を作った。その後エニグマよりさらに洗練されたタニー暗号を解くためにフラワーズの協力を得て電子式のマシンである「コロッサス」を完成させた。最終的にはチューリングの万能マシンとしての汎用プログラム内蔵方式のコンピュータは、1948年にイギリスのマンチェスター大学でウィリアムス管を使った「ベビー」という名のACE(Automatic Computing Engine)として完成している。

 チューリングは42歳という短い人生の中で、信じられないくらいの多くの重要な仕事を行っている。その業績は現在のAI(人工知能)やAL(人工生命)にまでも及んでいる。論理学の分野ではゲーデルの「不完全性定理」を実際のチューリングマシンに当てはめて、プログラムの「停止性問題」を証明してみせた。ゲーデルやチューリングの前には、越えなければいけない存在としての当時のドイツの大数学者ヒルベルトの存在があった。

 トミー・フラワーズはドイツのタニー暗号を解くために、世界で一番始めに真空管を使ったデジタル式のコンピュータ、「コロッサス」を設計した人だ。(コロッサスはチューリングが作ったように言われるが、それは間違いで、チューリングはコロッサスの設計には何も寄与していない。また、歴史的には1946年に公開された「ENIAC」が世界最初の電子式コンピュータということになっているが、コロッサスはそれより3年早かった。) フラワーズは非常に優秀な技術者だったが、労働者階級の出身であるため、大学にはいけなかったが、工学系の夜間学校で電子工学を学んだ。

 もし、日本でブレッチリー・パークと同じ出来事が起こっていたとしたら、フラワーズの名前が天才技術者として後世に残ったかもしれない。逆にチューリングは教科書の隅の方にコンピュータの基礎を作った人と小さく記述されるに留まったかもしれない。ただ、フラワーズはマシンを作るにあたって、上司からチューリングの万能マシンの論文を渡されていたが、それを理解することができなかったし、内臓プログラム方式の重要性にも気づかなかった。フラワーズは高等数学が理解できなかったのだ。

 それとは全く対照的だったのが、フォン・ノイマンだ。フォン・ノイマンはチューリングの万能マシンの論文を読んで、誰よりも早く内臓プログラム方式の重要性に気づいた。歴史的には、プログラム内蔵方式のコンピュータは米国のENIACの後継機である「EDVAC」(1951年完成)が有名であるが、イギリスではそれよりさらに数年早く、1948年のマンチェスター大学のBaby、1949年のケンブリッジ大学のEDSACなどが開発されている。フォン・ノイマン自身も本当の情報時代のパイオニアは自分ではなく、チューリングであることを認めているようだ。

 チューリングの周りには、ニューマンやヒルトン、グッドのようなユダヤ系の優秀な頭脳集団がいたし、実際に彼らはブレッチリー・パークのスター的存在だった。特にマックス・ニューマンはチューリングにとって師匠に当たる人で、彼らの関係は量子力学でのニールス・ボーアとハイゼンベルクの関係に似ている。本物のイノベーションが起きている現場には、必ずと言っていいほど、そこにはユダヤ人の頭脳集団が存在している。日本人だけしかいない日本の大学や企業から、本物のイノベーションが生まれるのは難しいだろう。

 面白いなと思うのは、ドイツを打ち負かしたのは、ホモ(チューリングは同性愛者だった)、低学歴の人間、ユダヤ人ということで、当時のナチのインテリのシステムの中では絶対に採用されることはなかった人達だ。この3者が戦時中という、国そのものがなくなってしまうかもしれないという危機的な状況の中で、各々が私心を捨てて、持てるすべての力を出し切ることにより、奇跡的に和声的にシンクロした。逆にドイツはもともと自分たちが持っていた良いところの全てをユダヤ人に持っていかれる結果になってしまった。日本人の「モノバカ」は民族が滅んでしまわない限り、治らないのかもしれない。

Imitation-Game_cut.jpg イミテーション・ゲーム(ベネディクト・カンバーバッチ主演)

by チイ


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